◆No Title
月ノ坂。僕らが普段、帰り道として通っているこの坂にはそういう名前が付いている。
その理由は今、この美しい光景を見れば嫌でもわかるだろう。
月まで続く坂を、彼女は僕の前に立って歩いていく。
なんでか、怖い。
彼女が僕を置いてそのまま月にまで行ってしまうようで。
「どうしたの?」
だから、そう言って彼女が振り返ったのを見て、僕は安心していた。
そう、今なら間に合う。
彼女が僕を置いていってしまう前に、僕も勇気を出さなきゃいけない。
「あのさ」
すこしだけ枯れた声で、僕は言葉を紡ぐ。
彼女の背後に浮かぶ月。黄金色の輝きが彼女を照らしていた。
「僕も、好きです」
彼女が行きたいなら、どこへだってついて行ってやることに僕は決めた。
たとえ、それが――
――月であっても。
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